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富士鹿8銭赤(第1期製造分)発行年4月カバーが5.5万円で落札

第517回 JPSオークション(2018/7/7)のロット44「富士鹿 旧版8銭(187)貼、米国宛はがき、櫛欧 YOKOHAMA 28.4.22、この切手の発行年使用は意外な珍品」の結果を知りました。

最低値4,000円スタート値20,000円 落札値 55,000円(メール)

20180709_1.png

このブログでも何度か取り上げている、富士鹿8銭赤(第1期製造分)の使用例は珍しい件ですが、遂に単貼り葉書で6万越えのものが出てきたので、改めて珍しいんだなぁ、と実感しました。スタート値2万円でもすごいですが、フロアでひときざみまえの5万円まで追っかけた人がいたということですから、複数の人がこの使用例を5万円以上に評価したことになります。

以前、富士鹿赤8銭:第1期(震災前製造分)の発売局は?にて書きましたが、初期発売局は3局しか確認できておらず、長崎(1922.3月)京橋(1922.3月)横浜(1922.5月)だけでした。今回の使用例はこの横浜局の最初期使用例となります。

富士鹿切手を真剣に集めると、お金でなんとでもなる旧版改色や毛紙20銭と異なり、1922年シリーズ8銭赤の第1期製造分がなんともならないことがわかります。競争展伝統郵趣部門では最初のシリーズの充実こそが最重要ですので、この点が収集の難しさと共に収集の奥深さを見せるポイントかなと思います。


[ 2018年07月09日 19:23 ] カテゴリ:富士鹿・風景 | TB(0) | CM(0)

富士鹿・風景切手 買ってしまったがこれはいるのだろうか?

長期出張から帰国して、時差ボケの中、有楽町で催事あるよ、と言われて参加した時に買ったマテリアルをご紹介。改色20銭 Type I(通称「旧版改色20銭」)縦ペア貼り別配達書状です。S5.11.13(1930)徳島 で、貼付合計43銭=3+10+30。

ただよくよく考えたら、8フレームにおける、改色20銭 Type Iの占めるページ数はせいぜい1段(4リーフ)、カバーを貼ることのできるページ数は最大でも3リーフ、できれば2リーフに抑えたいところです。そうなるとせいぜい5-6通です。

少ない発行年使用、紫の欧文ローラー印の映える外信便、外信商品見本は外しにくいので、そうなると、残りのスペースを、小包票や関東州の外信価格表記と争うことになりそうです。国内便の少ない額面なので、入れてもいいかなぁと思いつつ、ネックは(1)茶封筒であること、(2)直後に来る改色20銭 Type II(通称「新版改色」)にも別配達があり、こちらはカバーの色合いが白っぽくて汚くないことです。

国際展でモダンやセミクラシックを出品するにあたっては、なるべく綺麗な色合いでまとめたいと考えているので、このマテリアルの扱いは悩ましいのですが、ついつい時差ボケで迷わず購入していました。。。。


20180620_4.jpg


1929 20 Sen Type I, a vertical pair franked with 3 Sen, tied by c.d.s.
TOKUSHIMA to Miyoshi-gun, Tokushima, 5 11 13 (1930)
43 Sen correctly paid for registered letter with special delivery, 43 = 3 + 10 + 30
[ 2018年06月25日 15:01 ] カテゴリ:富士鹿・風景 | TB(0) | CM(0)

富士鹿1922年シリーズ8銭赤 発行年8月のパクボー使用例

富士鹿1922年シリーズは、旧切手である田沢切手の4,8,20銭の在庫がなくなってから販売が開始されたため、初年度使用例が少ないと知られています。それでも横浜局や長崎局を中心に3−5月頃から発売・使用されており、これらの港に接岸する船舶の船内投函郵便があるのではと思っていましたが、これまで入手の機会に恵まれませんでした。

このマテリアルも欧州滞在中に買い求めたもので(高かった・・・・笑)カナダのブリティッシュコロンビア州のヴィクトリアのパクボー印が押捺されています。葉書の表には、1922年8月2日の横浜差立とありますが、船に乗船してすぐに書いたのでしょうかね。8銭赤の切手は船に持ち込んだのか、それとも船舶内で販売されていたのかはわかりませんが、後者だったら、8銭赤第1期の販売局はただでさえ少ない(横浜、長崎、京橋を確認ずみ)ので面白いんですけどね。

2018年06月08日13時05分15秒

裏面が結構美しくて、こんな感じです。横浜に住んでいる人なら知っていると思いますが、桜木町駅のみなとみらいと反対側の登り坂である、横浜紅葉坂の桜を描く絵葉書です。
2018年06月08日13時09分45秒

1922 8 Sen, the first impression, tied by PAQUEBOT cancellation
PAQUEBOT / POSTED AT SEA / RECEIVED / AU 4 22 (Taisho 11) / VICTORIA to Ohio / USA
8 Sen correctly paid for surface post card
[ 2018年06月14日 13:05 ] カテゴリ:富士鹿・風景 | TB(0) | CM(0)

富士鹿1922年シリーズ8銭赤第4期の下部外枠の発見

先月欧州にしばらく滞在していたのですが、その中で見つけたカバーで、ご覧の通り、8銭赤の下部に外側罫線を確認することができます。関東大震災で印刷版が焼失した後に再度作られた印刷版には、従来の罫線が置かれる位置よりも外側に罫線が置かれることが時々確認されています。8銭赤については、これまでに1924-1925年製造分(白耳)の左側に外側罫線のある第一コーナーブロックを確認済みですが、今回発見したものは、1926-1929年製造分(第4期)と思われ、場所も下部になります。

外側罫線の全容は未解明で、今はまだ出てくるマテリアルを拾っていくだけですので、貴重な入手の機会となりました。(結構高かったけど・・・)イスラエル展では大金銀賞(88点)を受賞できましたので、引き続き研究コレクションを極めていきたいと思います。

2018年06月08日12時20分42秒

A lower-left corner marginal 1922 8 Sen and a horizontal pair of marginal 1 Sen
tied by machine cancellation with slogan
SEIGOIN to Czecho-Slovakia, 4 5 27 (1929)
10 Sen correctly paid for surface letter

[ 2018年06月08日 12:33 ] カテゴリ:富士鹿・風景 | TB(0) | CM(0)

富士鹿・風景切手 本日から世界展で初めて展示されます!

イスラエルの首都エルサレムで開催されるWorld Stamp Championship ISRAEL 2018は、5/27午後(日本時間では5/27深夜)より開場します。
この展覧会には私は4つの作品(文献2、伝統郵趣2)を展示していますが、そのうちの一つが、世界的にはほとんど無名の「富士鹿・風景切手」で、世界切手展に展示されるのは初めての切手です。
高校生の頃から収集している動植物国宝切手の収集で最近カバーの綺麗さにこだわっている話を何度かブログに書きましたが、今回世界で初めて富士鹿・風景切手を展示するにあたり、綺麗な作品だなという印象を持ってもらえるように、郵便史的に珍しいカバーであっても、茶封筒であればばんばんと外しました。
下の1929年シリーズ 8銭DIE I 単貼エンタイア(日本では旧版改色8銭が通称)は、この理由で二軍落ちしたマテリアルです。使用例としては、とーーーっても珍しいのですが、伝統郵趣で製造面と使用面の割合を考えた時に後者が出しゃばらせない本質を考えると5フレームで展示するには大きいし、何と言っても汚いです。8フレーム展示する権利が与えられたならば復活してくると思いますので、まずはその為にも大金銀賞を目指さなければなりませんが、知られていない切手だけに簡単ではないと思います。
そんなこともあり、昨年コレクション集を文献出版し、今回の文献部門にも展示しています。こう言った地道な努力で少しでもtreatmentを上げていければよいなぁ、と思っています。
20180509_5のコピー
[ 2018年05月28日 20:52 ] カテゴリ:富士鹿・風景 | TB(0) | CM(0)

富士鹿・風景切手 年季を手に入れるきっかけは、年月ではなくチャンスだった

世界的にはほとんど無名の「富士鹿・風景切手」を、5月末にイスラエルで開催される世界切手展に初めて出品することになりました。

この分野の収集歴が4年に満たない私のコレクションですが、富士鹿・風景切手に関するコレクションとしては、ここまで完成したものはないと自負しています。そのポイントは二つあり、収集開始から早い時点で、同切手に関する大コレクションの大半を目にし、研究する機会に恵まれた事と、それに続く大コレクションの売り建てに参加できたことにあります。広島蒐郵会の横矢さんのコレクションを最初に学んだ上で、JPS菊田沢切手研究会の山口充さんのバランスの良いコレクションを拝見しましたが、圧巻だったのは書籍でモノクロで見た林国博さんのコレクションでした。

その後拝見したコレクションで、この時同様に圧倒されたのは、杉山幸比古さんの風景切手の専門コレクションを拝見した時です。自分の知らない製造面バラエティや特殊な使用例がこれでもかと展示されており、会期中なんども展示を実物で拝見するとともに、厚かましくも作品コピーをお願いしたことを昨日のことのように覚えています。

ところで、「年季の入った良いコレクション」というフレーズは、「良いコレクションには年季が入っている」という意味で使われる事が多いですが、その逆は、数学的にいえば「逆もまた真ならず」で、年月をかければ誰でも良いコレクションが作れるという訳ではありません。それに加えて証明=実現したかったことは、年月が短かろうが、圧倒的なマテリアル量と集中した濃い研究時間を組み合わせれば、既に知られている珍品の入手機会に恵まれた上に掘り出すことが可能なケースが伝統郵趣でも少なからずあるということでした。

実はそのようなアプローチは郵便史的には常識ですが、日本の伝統郵趣にそんなスポットエリアはないと思われていたのかもしれません。「富士鹿・風景切手」は林国博さんをのぞいてほとんど国際展に挑戦されなかった忘れられた分野であり、スポットエリア足り得たのだと思います。

このような「年季」を短期で入れている私の活動が決定的になったのは、その林国博さんの富士鹿・風景切手コレクションの売り建てに参加できたことです。今となっては80枚近く存在すると言われる11Lの20銭青ですが、リジョイントでない唯一のブロックやそのカバー、2銭富士山の銘版ずれなど、コレクション集でしか見たことがなく、その大半が1-5点程度しか存在しないと言われたキーマテリアルをどれだけ手に入れることができるかによって自分のコレクションに注入できる「年季」もかわります。

その売り建てには並々ならぬ決意で参加すべきなのですがあいにくヨーロッパ出張中。メールビッドに任せるものは、実際の落札金額をはるかに超える値段でビッドしたうえで結果の読めない11Lのカバーは、欧州からの逆テレフォンビッドをかけました。

その結果はあっけないほどの圧勝でしたが、特筆すべきなのは、お金任せで高い金額で買ったのではなく、富士鹿・風景切手があまりに人気がなくて、事前入札もフロアもほとんど競らなかったからです。収集ジャンルをブルー・オーシャンにした事がプラスに働いており、私は林さんの長年に渡る収集のキーマテリアルをその「年季」とともに自分のコレクションに加える事ができました。

ちなみに3回に分割された同売り建ては、最後の一回だけ値段が高騰し、それ以降、富士鹿・風景切手の価格が高くなってきたような気がします。ちょっとでも珍しいマテリアルになると、メールビッドで落とせないことも最近は増えつつあります。しかしながら、質・量ともに充実していた、日本一の林国博コレクション3回の売り建てに立ち会えたというほどの幸運は、後にも先にもありません。

あの売り建ての前に林コレクションのキーマテリアルを入手する為には20世紀に遡らなければ不可能です。
そして、あの売り建ての後に特に富士鹿切手のキーマテリアルを入手する為には私が手放さなければなりません。

そう考えると、「収集は年季」という単語は、単に年月の問題ではなく、どれだけ濃く収集したか?という点に加えて、チャンス=機会に大変大きく影響される事が証明できたのではないかと思います。



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[ 2018年05月21日 19:27 ] カテゴリ:富士鹿・風景 | TB(0) | CM(0)

富士鹿・風景切手コレクション生成時のターニングポイントとなったマテリアル(1)

世界的にはほとんど無名の「富士鹿・風景切手」を、5月末にイスラエルで開催される世界切手展に初めて出品することになりました。

ヨーロッパのクラシックを収集していると、数ヶ月何も入手できないなどということがざらです。この状態はストイックというよりもしんどい。手彫切手だって安いものだったら千円未満のものも含めて毎週のようにマテリアルが選び放題の日本のクラシック・セミクラシック収集との違いはこの点でしょう。実際、僕のスイスクラシックは年に3回程度のオークションを除けば、毎年平均2−3回の取引ができれば御の字で、なかなかマテリアルが増えてきません。

このような事から、昔から外国クラシック収集家はサブコレクションを持つのが常識であり、私もその真似をして、色々と広げているうちに、いつのまにかサブコレクションの方で有名になってしまったほどです。その力を入れている一つが富士鹿・風景切手です。

サブ収集とはいえ、別に手を抜いて収集するということではなく、製造面、使用面に始まる全ての点について深く研究し収集することに代わりはありませんので、ものは根こそぎ買うことも多いです。ライバルの多いジャンルですと、根こそぎ買うことはコスト的にもチャンス的にも難しいのですが、ブルー・オーシャンのジャンルであれば、誰も見向きもしないので、安く買いたい放題です。

一つ目の収集範囲だったら、そんな余裕はなく、盲目的に好きになった切手を集め始めてしまい後にはまってしまうのでしょうが(まさに私のスイスがそれです)経験値を持った上で、全体を俯瞰した上で、「今誰も熱心にやってないな」と判断して選択したシリーズが「富士鹿・風景切手」でしたので、ある意味効率的に収集をしてきたこの4年ほどでした。

そんな中で最初の方で出会ったキーマテリアルを展示したのが下のリーフです。今からいえば笑い話なのですが、このマテリアルは、有名な切手商で店頭のクリアファイルにずーっと挟まれて誰も買わなかったという、売れ残りのマテリアルでした。ブロックの目打が部分的に離れているところがあり、消印も読みづらく、私自身も購入に躊躇したほどで、なかなか値引かない店主が自ら値引きをオファーしてくれてようやく取引が成立した、いわばドラフト選択順位第7位程度のマテリアルでした。

しかしイチローがドラフト指名第4位だったのと同様に、この選択下位のマテリアルは調べれば調べるほど、展示すればするほど、重要度の高いマテリアルだと気づくようになり、昨年出版した私のコレクション集である「富士鹿・風景」では西の横綱に位置付けています。

そんなマテリアルをより目立たせるため、全5フレームの中で、唯一ここだけ大きなホワイトスペースを取り展示しました。第4フレームでの展示にはなりますが、これにより目立つことでしょう。


20180509_2.jpg


[ 2018年05月16日 18:58 ] カテゴリ:富士鹿・風景 | TB(0) | CM(0)

富士鹿・風景切手を世界展に初出品します

世界的にはほとんど無名の「富士鹿・風景切手」を、5月末にイスラエルで開催される世界切手展に初めて出品することになり、来週にはコミッショナーの内藤さんに託すことになりました。

これまでに同切手を国際展で展示されたフィラテリストは、長野の林国博さんただ一人(DUBAI06, FIAP)で、高名な天野さんも展示経験はありませんでした。ましてやFIP展は初めてのことであり、日本人審査員が加わらない限りにおいては、誰もよく知らない展示になってしまう懸念があるため、マテリアルの入手以上に、作品のストーリーに注力し、書き込みを行った展示に仕上げたつもりです。

ストーリーの柱の一つは、印刷版に関するオリジナルスタティを豊富に入れたことで、その具現化の為に、集めうる限りの印刷ペーンの異なるマルチプルを展示するよう心がけました。研究コレクションにおいて研究ばかりが先行すると「文献のようだ」と評価されてしまい、厳しい審査結果になることも多いと理解しており、なるべくマテリアルを多く入れて、その懸念を払拭するようにしました。

以下のリーフで紹介するのは、日本では「旧版改色8銭」と呼ばれている、短期間発売の切手ですが、切手、罫線、銘版の間隔を調査し差異を見出すことで、数少ない6枚ブロック(最大)同士の中にも、異なる印刷ペーンが存在することが表せたお気に入りのページです。


20180509_1.jpg

[ 2018年05月09日 18:58 ] カテゴリ:富士鹿・風景 | TB(0) | CM(0)

田沢1銭5厘、関東大震災後の最初の製造分の使用例

菊・田沢は良くわからないのですが、富士鹿の関東大震災後の最初の製造分を調べる上で持っておいてもいいかな、と思って買った白耳付きの使用例です。1922年シリーズ8銭赤の白耳付きだったら5万円くらいするのですが、田沢のこれはありふれているのか、百円でした。

関東大震災当時の現行切手は、在庫が全て焼失しただけでなく、印刷版も失われてしまうため、震災後には新しい印刷版を作るところから工程が始まり、罫線を省いた白耳と呼ばれる印刷版で製造された切手シートが1924年4月頃(大正13年)から出現したといわれています。本使用例はその半年後の使用例です。

郵便局名を調べる中で気づいたのですが、現在「高津郵便局」といえば、神奈川県川崎市の「たかつ」局になるのですが、この消印の局は大阪市南区の「こうづ」郵便局でした。明治18-19年には「島ノ内」局と称し、昭和4-20は「大阪南」と称するなど、改称の多い郵便局だったようです。関西の局名は頭に入っていないので、事例を見て少しずつ勉強しないと。

2018年04月11日09時38分37秒のコピー

Right marginal 1914 issue 1 Sen 5 Rin, produced by the new printing plate after the G.K.E.
tied by machine cancellation
KOUDHU, Osaka to Chiba 13.9.28 PM6-8 (1924)
1 Sen 5 Rin for internal post card


[ 2018年04月11日 09:59 ] カテゴリ:富士鹿・風景 | TB(0) | CM(0)

富士鹿赤8銭:第1期(震災前製造分)の発売局は?

1922.1.1に発売されたものの、田沢8銭灰が売り切れた局以外では発売されず、1923.9.1の関東大震災で全在庫と印刷版が消失してしまったと言われる、富士鹿8銭赤 第1期(震災前製造分)ですが、実際に発売された局はどこだったのかを調べています。

昔から販売局として報じられ有名だったところでは長崎(1922.3月)と横浜(1922.5月)があります。先日私が輸入した京橋局(1922.3月)は到着印もしっかりした一般外信便ですが、これまでに報じられたことはなかったと思います。

それ以外に、見つけたら買うようにしているのが私製葉書です。ほぼ確実に絵入り葉書で、表に切手が貼ってある方が競争展の展示という観点からは良いのですが、裏に貼られていることから垣間見える事情に今回気づきました。
2018年03月26日13時24分35秒
2018年03月26日13時24分22秒
2018年03月26日13時24分09秒
2018年03月26日12時54分43秒

1922 8 Sen, the first impression frankngs
NIKKO to Conn. / USA 11 8 5 (1922)
HIROSHIMA to Cal. / USA 13 3 17 (1924)
NARA to Ontario / Canada 12 6 16 (1923)
KIOTO to Ontario / Canada 21 6 23 ( Taisho 12 )

日光、広島、奈良、京都・・・。これって全部、日本の有名な観光地ですよね。米国人やカナダ人宛に送られた絵製葉書。これって外国からの観光客が観光地で絵葉書を買って、その場で切手を求めて貼ったのでは?というのが私の勝手な推測です。ひょっとして、絵葉書を販売している、観光地のど真ん中に、切手取扱所や臨時売店みたいなのがあって、そこでは、本局に在庫のある田沢8銭灰を出さずに、富士鹿8銭を売ったのでは?という仮説を立てました。

昭和11年から発売される、国立公園切手は、富士鹿・風景切手といった当時の世界の風景切手( landscape issue )の流れを受け継いだ切手で、ある意味、観光地では積極的に販売された事情もあります。そのようなマーケティング活動は国立公園切手が発行されて初めて行われたのではなく、1922年シリーズ発行当時からの試行錯誤の末に改善していった結果でしあれば、良い成果も得られるでしょう。

当時の写真とかあればいいんですけどね。観光地だから意外と残っているかもしれないですね。さてこの仮説はあっているでしょうか。売っている切手までわからなくていいので、売店が出ていたことがまずは知りたいですね。あと、
日光、広島、奈良、京都以外の観光地の使用例もあったらいいなぁと。
[ 2018年04月05日 13:23 ] カテゴリ:富士鹿・風景 | TB(0) | CM(1)
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