Stampedia founder's blog

オンライン世界切手カタログ「スタンペディア」創始者のブログです。
Stampedia founder's blog TOP  >  opinion >  散文:切手の処分(2)

散文:切手の処分(2)

前回の散文は、「どこで売るか」についてでしたが、今回は「いつ売るか」です。

売る時期については、考えが分かれると思います。
自分が死んだらコレクションの評価は誰もできないから死ぬ前に売りつくすんだという考え方の人が居る一方で、コレクションがなくなったら喪失感が大きいから生きている間は売らないんだ、という人も居ます。
この二つの考えのどちらが良いかは答えがないと思いますし、ここの人の置かれた状況を知らずに一律にこの答えを断言する考えがあるならそれは間違いだと思います。

ここからいくつか事象を取り出すと、
1。自分のコレクションの評価は自分以外できない。
2。郵趣品の評価を郵趣家でない遺族が適切にすることは難しい。
3。郵趣品が普段の生活の中にあることで、生き甲斐を感じる郵趣家は多い。
といったことがあげられるでしょう。

実は僕は5年前に郵趣を再開して以来、購入した物を一切処分していません。
このためメインコレクションであるゼネラルコレクションの作成に伴う不要品は段ボール箱の山でレンタル倉庫がないと回らない状態です。
これは将来に、個々の切手のバラエティや使用例に興味関心を持つ可能性があると思いそうしているのですが、一方で最近出会った若手収集家のやり方は効率が良くたいへん感心しました。

国際切手展を志す彼は、その作品作りに必要なマテリアルを厳選し、自分の収集範囲であっても、作品に必要ないマテリアルについては、どんどん処分し、本当に必要なマテリアルの入手代金に換金していっているのです。このようなケースの一つとしてはロットで商品を入手し、必要な1、2点のみとりだして残りは全部ヤフオクで処分等というやり方もあると思います。

僕がたいへん感心したこの話を別の所でしたところ否定的な意見も聞きましたが、的外れな意見として、「国際展至上主義はいかがなものか?」「切手の転売はよくない」があげられるので、そういった意見がどう的外れなのか具体的に説明しようと思います。

一つ目は、郵趣の自由な楽しみ方の否定なので、誤った意見だと考えています。郵趣の楽しみ方は自由であり、僕も様々な集め方をしてきました。郵便局を巡り風景印を押してもらうことに熱心だった時期もありますし、日本の通常切手に押された珍しい消印のバラエティを集めた時期もあります。競争切手展に参加する作品作りも、こうした郵趣の楽しみ方の一つであり、どの一つの楽しみ方をもってしても、誰かが誰かを否定する事のできない楽しみ方だと僕は考えています。
「他人の集め方を理解できない」というのは勉強不足からくるものなので、しかたないと思います。しかし無知が否定にかわるのであれば何をか言わんやです。

若い収集家で金銭的に限られた状況下で、他の物を集めるのをぐっと我慢して、自分の収集方法を確立し、今できる最大限のスピードでコレクションを作成している姿勢には、年齢を越えて尊敬の念しかありません。恐らく世界の郵趣家からもみとめられるコレクションとなるでしょう。

二つ目の指摘点は、日本独特の士農工商の影響か、沖縄切手投機の反動からか原因は分かりませんが、切手の売買、特に若年層のそれに対して否定的な郵趣家が少なからず居ると思います。しかし、切手商なら仕入れた物を販売して良いのに、個人はだめ、切手商はすぐに転売していいけど、一般人はだめ等、論理的には全く説明できない事だらけです。
経営の観点から言えば、回転率を少しでも挙げる為には転売は最良であり、それは家計でも同一です。また、郵趣品が人類の文化遺産の一つを預かっているという立場からすれば、それはその時その時で最良な郵趣家の手元にあることの方が望ましいわけです。
僕だったら自分が欲しいと思っている郵趣品を、友人が必要ないのに死蔵している方が悲しいです。

フリーマーケットやヤフオクの登場で、だいぶんこのあたりの感覚も変わってきたと思いますが、買い占めや贋作問題と異なり、物を探してきてくれた手間賃、情報を付加してくれる手数料を考えれば、不要品を転売してくれる友人はもっともありがたい郵趣家だと思います。

私もその一人ですが、ありがたくないのはむしろ不要品を処分してくれない郵趣家です。「最悪なのは博物館を作ってしまい、そこに入れてしまう郵趣家だ」と言う話をスイスのDavid Feldmanと盛り上がった事があります。彼にとっては商売あがったりですし、僕にとってはコレクションに加えるチャンスがなくなるからです。そして博物館のコレクションが公開されるのであればまだ良いのですが、滅多に公開されないとするとこれは郵趣品の死とも言えると思います。僕は郵趣には所有する事のできる人類の文化遺産を一時的に預かっているという側面があると考えている立場なので、自分の収集品を博物館に入れてしまう人と、その点についてだけは意見が合いません。歴史的な郵趣家で行くと、ビュルスやボーカーみたいに収集品を再びマーケットに出してくれた人には感謝ですが、タペリングには恨み節ですし、彼の遺志に反して博物館行きが阻止されたフェラーリコレクションには本当に良かったと思っています。ジョージ五世は悩みどころですね。王室にあるから入手できないわけだけど、王室にあるから欧州での郵趣のポジションは高いという点はありますからね。

ということで売る時期については要らなければすぐ売る、という態度こそが自他ともにいつでも一番いいのですが、問題は自分のコレクションに必要か不要かの判断をするのが難しいという事が挙げられます。




関連記事
[ 2013年04月03日 20:44 ] カテゴリ:opinion | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

このブログの筆者

スタンペディア

Author:スタンペディア
オンライン世界切手カタログを作っています。

スタンペディアの出版物
ブログ内検索