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「切手展のことばかり考えるのはよくない」 は本当か?

スタンペディアプロジェクトは、郵趣を制約の少ない趣味として推し進める立場を取っています。
これは、私自身が四半世紀近く郵趣の現場から離れていた復活組のフィラテリストであるから本心からそう思えるのだと思います。

というのも、郵趣の世界の中で議論となっている事の中には、郵趣の世界の外から見たら、どっちもどっちな事が沢山あるからです。何故、狭くシュリンクしていく世界の中で、自分のやり方は良い、他人のやり方はいかがなものか?という事を十分な知識とビジョン無しに語る事ができるのでしょうか。

微細な差異を研究の対象として楽しみ、評価する点が郵趣の楽しさであることに異論はないと思いますが、それが収集対象物ではなく、他者の収集方法への無知な中傷や批評になったら本末転倒です。


今回は、「切手展のことばかり考えるのはよくない」 は本当か?について考えてみたいと思います。まずは、「一心ふらんす、郵趣人生(松本純一 著)の感想」へのコメントで、新進気鋭の大学生フィラテリスト木戸君が書いてくれたコメントをご覧下さい。

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若い層に切手収集を広める際には、展覧会をもっと広めることが重要だと思います。
私が感じるのは、今の大学生は、切手収集は子供の遊びのようなイメージを強く持つようです。
図柄などの興味を促し収集を始めさせても、趣味が多様化している今の大学生には、
正直魅力に欠けます。だいたいは飽きるでしょう。
また、収集は何と言っても、同年齢層の仲間がいるということも大変重要でしょう。

展覧会でやっているような、郵便料金、消印種類、用紙の違い、刷色の分類など、そういう
話を友達にすると、大抵興味を持ちます。中には同じサークルで、入場料を払ってまで、
JAPEXに作品を観にきてくれた奴までいます。

やはり、今の若い世代でも、この例のように、知識的、研究的な興味から、
収集に興味を持つ人はいるということです。
展覧会に出すという目標は、収集の動機となります。
私が収集を断続的に続けてこれたのも、展覧会への憧れ、目標があったからです。
高校受験、大学受験の収集中断期にも、勉強を休んで、JAPEXには必ず行くようにしていました。
たとえ同年代の仲間がいなくても、毎回楽しく参観していました。目標があったので。

「切手展のことばかり考えるのはよくない」
割と耳にする注意ですが、根拠はどこでしょう?
逆に今の現状だと、展覧会から参観させ、興味を持たせる方法が一番だと日ごろから考えています。
文献を読む→マテリアル探し→プレゼンテーション
このサイクルは、今の若い人でも、絶対に興味を引くと思います。
自分の研究を他人に分かってもらうように、プレゼンする趣味は中々ないでしょうし、
歴史、時代を映す封筒や紙片が、興味を引かない訳は絶対にありません。
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大学生時代の私は、残念ながら木戸君のような国際展出品を挑戦するような能力は無かったと思います。僕の同年代では、池田健三郎、井上和幸、内藤陽介の各氏が若手国際展出品者として頭角を表していたと思いますが、私はそうではありませんでした。
ルールを読んで競争するという概念を切手に対して持っていませんでしたし、そもそもほとんど切手を集めていませんでした。

しかし、それでも私は「切手展の事ばかり考えるのはよくない」という意見を放つ気にはなりません。
切手展の事をよく知り、国際的に上位入賞もされた方がそう語るのであれば、それはまだ聞く価値のある発言だと思いますが、そうでない人の同様の発言は、単なるひがみでしかないからです。
当時の私は収集家としては大した事が無かったとは思いますが、少なくとも自分のできないことを達成している人をひがみから中傷する様な事はしないだけの大人ではあったと思います。

一方で、「切手展の事ばかり考えるのはよくない」に対する反論は、全てのそれに臨む郵趣家は当事者であり、行う事ができるものであり、今回の木戸君の論理は極めてロジカルに感じました。

ちょっと横道にそれますがAustralia2013でグランプリドヌールを獲得された佐藤さんが中高生の頃からロブソンローのオークションに参加されていたと聞かされた時は、そりゃーエコー葉書を集めていた俺とは次元が全然違うわな、と絶望感を味わったものです。
郵趣を楽しむジュニアの中には早熟な子供も多数います。そういった彼らに対して一律に子供のジュニア向け雑誌を発行し続けても何もうまくいきません。できる子は、どんどん上の世界に臨ませて行けばいいと思いますし、幸運な事に親や親戚のコレクションを継承できたら、それを使えば良いと思います。何故なら切手の収集という趣味には、金目のものの収集という側面が否定できないからです。

こういう話を書くと「切手展礼賛についていけないジュニア収集家は沢山いる」という反論がでてくるかもしれません。
私がその反論に対してあきれてしまうのは、どうしてセグメンティドマーケティングを考えられないのか?という事です。今や、どんな商品を対象に販売するにしても、単一の購買客を念頭におきません。そういう人は実際のビジネスでは実に多彩な人々をお客さんにしていると思うのに、ジュニア郵趣家となると、一つ以上のマーケティングセグメントに分類できないのです。

子供は同じ歳でも発達の段階も異なりますし、興味の持ち方も様々です。また、家庭の教育方針によって私たちが子供の頃より外国語に慣れ親しんでいる人も沢山いますし、そもそも日本国に居住する日本人以外の方も多くなってきています。従って色々なマーケティングセグメントを想定して、それぞれに合致するマーケティング方法を開発して行くべきなのです。

そして、恐らく十近くあるセグメントの一つとして、競争展出品は位置づければよく、そのセグメントの中では、競争展でより高い賞を取る為にどうすればいいのかを考えるべきだと思います。間違っても各セグメントで頑張っている人々を無知に基づく非難などはしない事が、郵趣の広い普及の為に必要だと考えています。






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[ 2013年05月20日 16:03 ] カテゴリ:opinion | TB(0) | CM(0)
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