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田沢1銭5厘、関東大震災後の最初の製造分の使用例

菊・田沢は良くわからないのですが、富士鹿の関東大震災後の最初の製造分を調べる上で持っておいてもいいかな、と思って買った白耳付きの使用例です。1922年シリーズ8銭赤の白耳付きだったら5万円くらいするのですが、田沢のこれはありふれているのか、百円でした。

関東大震災当時の現行切手は、在庫が全て焼失しただけでなく、印刷版も失われてしまうため、震災後には新しい印刷版を作るところから工程が始まり、罫線を省いた白耳と呼ばれる印刷版で製造された切手シートが1924年4月頃(大正13年)から出現したといわれています。本使用例はその半年後の使用例です。

郵便局名を調べる中で気づいたのですが、現在「高津郵便局」といえば、神奈川県川崎市の「たかつ」局になるのですが、この消印の局は大阪市南区の「こうづ」郵便局でした。明治18-19年には「島ノ内」局と称し、昭和4-20は「大阪南」と称するなど、改称の多い郵便局だったようです。関西の局名は頭に入っていないので、事例を見て少しずつ勉強しないと。

2018年04月11日09時38分37秒のコピー

Right marginal 1914 issue 1 Sen 5 Rin, produced by the new printing plate after the G.K.E.
tied by machine cancellation
KOUDHU, Osaka to Chiba 13.9.28 PM6-8 (1924)
1 Sen 5 Rin for internal post card


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[ 2018年04月11日 09:59 ] カテゴリ:富士鹿・風景 | TB(0) | CM(0)
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